東京本染注染 手ぬぐいについて
江戸時代には綿花栽培と綿織物の国産化が進み木 綿手ぬぐいが普及、銭湯でも、またかぶり物代わりにも使われて、一種の装身具ともなりました。 江戸では歌舞伎役者や趣味人が好みの意匠をあつらえ染めした手ぬぐいも作られ、配り物ともされました。そのような背景から、江戸では幕末期から、手ぬぐいの注染(注ぎ込染)が始まりました。 明治期以降注染の普及に伴い、こだわりのある意匠を染めた別注手ぬぐいの配り物は一般商工業者にも広がり、市販商品の手ぬぐいも充実していきました。
今日における手ぬぐいの用途には次のようなものがあります。
- 手を拭く、食器を拭く、鍋つかみにも使える
- 包む(おべんとう箱、ペットボトル、ティシュケース、ブックカバー等)
- ファッションアイテム(首に巻く、色々な巻き方で頭に巻く等)
- 濡らしておしぼりとして使う
- 挨拶、記念、年始その他の目的でメッセージ性のある意匠を染め、配り物とする。
東京では、江戸から続く、オリジナル意匠の手ぬぐいを誂え染めして配り物とする文化が継承されています。
東京周辺で染められた注染手ぬぐい、ゆかた地

《むかしむかし》松屋製
注染 差分染
豊田コレクション

《矢の根五郎》松田青風図案、東京松山手拭店製
注染 細川染 美蘇芽会第71回作品(昭和8年1月)豊田コレクション

《 横筋に菱格子花菱文様ゆかた地》東京中形振興会会員製造
注染 一色染め 綿絽地 豊田コレクション

《別染 松美会 銀座ゆかた》
注染 細川染
豊田コレクション
松美会は松屋呉服店の流行を発信する催し。
東京本染注染 ゆかた(ゆかた地)について
入浴後の身拭いの実用から出発し、江戸時代には「湯上がりの着物」として発展、夏の夕べのくつろぎ着となりました。明治時代に入り夏の普段着として定着しました。江戸から継承された長板中形技法で染めたゆかた地は東京の特産品でしたが、明治後期に注染のゆかた地への応用が始まりました。昭和初期には注染が東京のゆかた地の代表格となり、モダンな都市生活に相応しい夏の装いとして愛用されました。今日でもカジュアルな夏の着物として、特に花火大会やお祭り等の夏の行事で多く着用されています。また旅館等の宿泊施設での寝間着・館内着としても使われています。ゆかた地(反物)は、ゆかたに仕立てるほか、シャツなどの洋服や、袋物などの小物への応用も試みられています。

「三翠会中形」
『三越カタログ第94号附録』昭和8年6月掲載
三翠会は三越の取引先である有力東京中形問屋のグループ。 同会展示会で入賞した注染ゆかた地が掲載されています。






2025年11月版
監修:宮城学院女子大学 大久保 尚子
